お茶の間でおなじみのタレント、ビビる大木さん。
明るく穏やかな雰囲気で、バラエティ番組や情報番組などに多数出演していますが、その素顔や経歴を詳しく知っている方は意外と少ないかもしれません。
この記事では、ビビる大木さんの学歴・年収・プロフィールを中心に、プライベートな一面までまるっと紹介します。
ビビる大木のプロフィール
- 芸名:ビビる大木(びびる おおき)
- 本名:大木 淳(おおき じゅん)
- 生年月日:1974年9月29日
- 年齢:50歳(2025年現在)
- 出身地:埼玉県春日部市
- 血液型:O型
- 身長:176cm
- 所属事務所:ワタナベエンターテインメント
- 配偶者:AKINA(元Folder)
- 子ども:女児1人
芸能界デビューは1995年、お笑いコンビ「ビビる」として大内登さんと活動を開始。
当初はジャージ姿でのステージや「はじめまして、こんばんみ!!」などのギャグで注目を集めました。
2002年に相方の引退後、コンビ名を残す形でピン芸人として再出発し、現在に至ります。
結婚と家族
プライベートも少しのぞいてみたくなります。
ビビる大木さんは2013年にAKINAさんと結婚し、2015年には第一子となる女の子が誕生しています。
AKINAさんといえば、Folderとして活動していた頃を覚えている方も多いのではないでしょうか。
家庭についてはあまり多くを語るタイプではありませんが、時折見せるやさしいまなざしや、自然体の言葉遣いから、きっと温かい家庭を築いているんだろうなと感じさせられます。
昔からの友人関係も大切にしていて、草彅剛さんとは幼稚園から中学校まで一緒だったそうです。
あの草彅さんと同級生だったなんて、ちょっと意外でした。
歴史と音楽とプロレスと
趣味について語られる機会は少ないですが、実は歴史マニアなんです。
特に幕末が好きで、坂本龍馬や吉田松陰への熱い思いをよく語っています。
ジョン万次郎資料館の名誉館長という肩書きも、そんな情熱の現れでしょう。
プロ野球では読売ジャイアンツを熱烈に応援していて、本人いわく「巨人軍の一員」という感覚なんだとか。中村昌也さんと東京ドームで観戦したこともあるそうです。
また、プロレス好きな面もあり、全日本プロレスのジャンボ鶴田選手のファンで、試合中のポーズを真似して「オー!」と叫ぶのが得意技。
音楽はフォークからヘヴィメタルまで幅広く好んでいて、イングヴェイ・マルムスティーンに憧れてギターを買ったけれど、3日で挫折したというエピソードには思わず笑ってしまいました。
ビビる大木の学歴
ビビる大木さんは、
- 春日部市立谷原中学校
- 西武台千葉高等学校(私立)
- 東京アナウンス学院 芸能バラエティ科
ビビる大木さんの学歴と学生時代のエピソードを紹介します。
出身小学校は春日部市立谷中小学校
ビビる大木さんは、埼玉県春日部市の谷中小学校に通っていました。
この学校は2003年に統合され、現在は春日部市立武里西小学校となっています。
大木さんは子供の頃から活発で明るい少年で、地元の少年野球チームに所属していました。
そのチームでは、草彅剛さんとチームメイトとして過ごしており、当時からの仲がよかったそうです。
大木さんは、おニャン子クラブのファンでもあり、小学校5年生のときにはファンクラブを立ち上げて、周囲にその熱を伝えていたとか。
中学時代は春日部市立谷原中学校
次に大木さんが通ったのは、春日部市立谷原中学校です。
この学校は2019年に閉校になりましたが、大木さんが通っていた頃には、同級生に草彅剛さんもいました。
当時、大木さんは草彅さんを「なぎ」と呼んで親しく接していたものの、特に仲が良かったわけではなく、草彅さんは大木さんのことを「ちょっと怖い人」と思っていたそうです。
中学時代はバレーボール部に所属し、部活動に打ち込んでいましたが、やはりおニャン子クラブへの熱心な愛情があり、解散コンサートにも足を運んだと語っています。
高校時代は西武台千葉高校
ビビる大木さんは、埼玉県春日部市から少し足を延ばして、千葉県の西武台千葉高校に進学しました。
実は、春日部市からこの高校に越境入学した理由は、学校が近くて便利だったからだそうです。
高校時代は軟式野球部に所属し、自ら部を作ったものの、部員を集め過ぎてしまい、3年間補欠として過ごしました。
それでも、アクティブな性格は変わらず、学校でも非常に人気がありました。
明るくてクラスメイトをよく笑わせていたそうです。
進路相談では、お笑いの道を選ぶことを伝えたものの、担任の先生には反対されたとのこと。
専門学校から芸人への道
高校卒業後、ビビる大木さんは芸能に特化した専門学校・東放学園に進学しました。
この学校は、俳優やアナウンサー、お笑いタレントを多く輩出しており、大木さんもここでピン芸人として活動を始めました。
専門学校時代にお笑いコンビ「ビビる」を結成し、1995年から活動を開始。
コンビは「笑う犬の生活」などに出演して人気を集め、2002年に解散。
その後はピン芸人として、バラエティ番組やMCなど幅広く活躍しています。
ビビる大木の年収
芸人としての活動が長く続いているビビる大木さん。
気になるのはやっぱり年収ですよね。
あくまで推定ですが、バラエティ番組のレギュラーやナレーションの仕事、本の出版などを考えると、年間で2000万円から3000万円ほどではないかと言われています。
個人的には、2011年に年間テレビ出演本数が496本で全国2位だったと知ったとき、「そんなに出てたんだ!」とびっくりしました。
あの自然体な雰囲気が、視聴者にもスタッフにも好まれる理由なのかもしれません。
お金の話はなかなか表には出ないものですが、これだけ長く第一線で活躍し続けているという事実が、収入の安定ぶりを物語っているのではないでしょうか。
まとめ
テレビで見るたびに感じるのは、場の空気をやわらかくする力です。
テンポのいいフリートーク、自然なリアクション、そして周囲との距離感の取り方が本当にうまいと思います。
土田晃之さんが「雛壇芸人として有能」と語ったことがあるように、トーク番組やバラエティでは欠かせない存在感があります。
NHKでの落ち着いた語りも印象的で、芸人の枠を超えた活躍を見せてくれています。
個人的には、どんな場面でも決して出しゃばらず、それでいてきちんと爪痕を残すスタンスがとても好きです。
安心して見ていられる存在というのは、簡単そうに見えて実は難しいものだと思います。
ビビる大木さんを見ていると、芸人って面白さだけじゃなくて、人柄や誠実さも大事なんだなと感じます。
派手ではなくても、じわじわと沁みてくる面白さ。
そのバランスが、長年愛される理由なのかもしれません。
これからもバラエティでの活躍はもちろん、歴史や音楽に関する仕事などでも多彩な面を見せてくれるのではないかと楽しみにしています。
ふとしたときにテレビで見かけると、なんだかホッとする。それがビビる大木さんという存在なんだと思います。
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