ロックバンドMY FIRST STORYのボーカルとして人気のHiroこと森内寛樹さん。
その圧倒的な歌唱力とパフォーマンスは、一度聴いたら耳に残る魅力がありますよね。
この記事では、そんな森内さんの学歴や経歴、そして気になる家族のことまで、じっくり掘り下げていきたいと思います。
マイファスHiro(森内寛樹)の学歴と学生時代
マイファスHiro、森内寛樹としてユニバーサルミュージックよりソロデビュー(コメントあり)https://t.co/EhGrVxdAWe
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— 音楽ナタリー (@natalie_mu) November 30, 2020
まずは、どんな学校生活を送ってきたのか、学歴を追いながら振り返ってみましょう。
小学校時代:渋谷区立神南小学校
東京都渋谷区にある神南小学校に通っていた森内寛樹さん。
地元でも歴史あるこの公立小学校で、のびのびとした日常を送っていたようです。
実はこの頃、芸能界への第一歩を踏み出していました。
8歳のときにジャニーズ事務所に入所。最年少での所属だったこともあって注目を集めていたようです。
とはいえ、実力よりも両親のネームバリューが先に見られることも多く、嫉妬や誤解からいじめのような扱いも受けていたといいます。
個人的に、芸能一家に生まれるってうらやましい反面、ものすごくプレッシャーがありそうだなと感じました。
中学校は多摩大学目黒中学校
中学受験では、兄たちと同じ慶應義塾湘南藤沢中等部を目指していたそうですが、結果は残念ながら不合格。
その後、多摩大学目黒中学校へ進学したと考えられています。
受験の失敗がかなりショックだったようで、同じような経験をした身としては胸がキュッとなりました。
この頃にはすでにジャニーズを退所しており、学業に専念していた時期でもあります。
芸能活動を一度離れたことで、自分とじっくり向き合う時間が増えたのかもしれません。
高校は多摩大学目黒高校
そのままエスカレーター式で多摩大学目黒高校へ進学。
ここで一気に音楽にのめり込んでいくことになります。
特に印象的なのは、高校2年の進路希望調査で、友人が「とりあえず大学」と言っているのを聞いて違和感を持ったという話。
自分が何をやりたいのか、どこを目指すのか、はっきりしていないまま大学に行くのは違うと感じたそうです。
その考え方、すごく共感できます。
自分も似たようなことで悩んだ時期があったので、まるで昔の自分を見ているようでした。
高校3年生になると軽音楽部に入り、学級委員まで務めたとのこと。
まじめな一面と表現者としての顔、どちらも持ち合わせていたんですね。
マイファスHiro(森内寛樹)の経歴
学業と並行して音楽の道を選び、バンド活動へとシフトしていった森内寛樹さん。
その軌跡もなかなかドラマティックです。
MY FIRST STORYのボーカルとしてデビュー
2011年、高校3年のときにロックバンド「MY FIRST STORY」を結成。
森内寛樹という名前ではなく、「Hiro」として活動をスタートさせました。
兄のTakaさんがONE OK ROCKで活躍していたこともあり、比較されることが多かったようですが、それでも自分らしい音を追求する姿勢は一貫しています。
2012年には1stアルバムをリリースし、インディーズながら注目を集める存在に。
武道館ライブや全国ツアーなど、着実にステップアップしていきました。どんな状況でもぶれない芯の強さを感じさせてくれます。
ステージ上では激しいパフォーマンスを見せつつも、日常ではちょっと天然なところもあるというギャップがまた魅力なんですよね。
実際、ライブでの彼の姿を観たとき、「あ、これは本物だな」って直感的に感じたのを今でも覚えています。
ソロとしての挑戦と表現の幅
2021年にはカバーアルバム『Sing;est』でソロデビューを果たします。
あえてカバーというジャンルを選んだのは、自分の歌声そのものを知ってもらいたかったからだそう。
この作品で「ミュージックステーション」などの音楽番組にも登場し、ロックだけじゃなくポップスやバラードにも適応できる歌唱力を披露しています。
個人的には、あの独特の声質と表現力は唯一無二だと感じています。
どこか儚げで、それでいて強く響くんです。
マイファスHiro(森内寛樹)の家族
芸能一家で育った森内寛樹さんにとって、家族の存在は切っても切り離せません。
父・森進一と母・森昌子
誰もが知る昭和の大物歌手、森進一さんと森昌子さん。
両親ともに紅白常連というサラブレッドな家庭で育った森内さんですが、だからといって順風満帆だったわけではありません。
両親は2005年に離婚。
そのとき森内寛樹さんはまだ小学校6年生でした。
親権は母の森昌子さんが持ち、以後は母親と二人の兄とともに暮らすことになります。
家ではとても厳しく育てられたそうで、いまでも兄たちに敬語を使っているとのこと。
これ、なかなかすごいですよね。
兄弟でも礼儀を大切にしているところに、育ちの良さを感じます。
兄・Taka(ONE OK ROCK)
長兄はONE OK ROCKのボーカル、Takaさん。
6歳年上で、すでに音楽の世界で活躍していたTakaさんの存在は大きかったはずです。
高校時代にはTakaさんと同居していた時期もあり、その影響で音楽だけでなく英語の勉強にも力を入れていたそう。
英語詞の多いMY FIRST STORYの楽曲に、そんな背景があったのかと納得しました。
でも、ただ真似するだけじゃなく、自分の音楽スタイルを見つけようとする姿勢に、独立心の強さがにじみ出ていたように思います。
妻:山本舞香
2024年には、女優の山本舞香さんとの結婚が発表されました。
バラエティでも共演歴があった2人ですが、まさかゴールインするとは思っていませんでした。
お互いに強い個性を持ちつつも、どこか似た者同士の雰囲気があり、きっと自然と惹かれ合ったんだろうなと想像しています。
これからどんな夫婦像を築いていくのか、そちらも楽しみですね。
まとめ
森内寛樹さんの学歴や経歴、そして家族との関係を振り返ってみると、華やかさの裏にたくさんの努力や葛藤があったことが伝わってきます。
芸能一家という環境に生まれ、早くからスポットライトを浴びる中で、自分らしさを追求してきたその姿に、心から拍手を送りたくなりました。
音楽の才能はもちろん、人間的な深みも持ち合わせているからこそ、多くの人の心に響くのでしょう。
今後の活動も、さらに注目していきたいと思います。
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