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パンツェッタ・ジローラモの学歴や経歴は?年収も徹底調査

パンツェッタ・ジローラモの学歴や経歴は?年収も徹底調査 有名人の学歴
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イタリア出身で、ダンディなおじさま代表といえばこの人、パンツェッタ・ジローラモ。

お茶の間でもおなじみの存在ですよね。

スーツの着こなしも、日本語のユーモアも抜群で、つい「イタリア人ってみんなあんな感じなの?」と勘違いしそうになります。

今回は、そんなジローラモさんの華麗なる学歴や経歴、さらに気になる年収のことまで、深掘りしていきたいと思います。

昔テレビでパンツェッタ・ジローラモさんを見て、「この人、どんな人生歩んできたんだろう」と思っていたので、この記事を書くのもすごくワクワクしました(⌒∇⌒)

 

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パンツェッタ・ジローラモの学歴や経歴は?

パンツェッタ・ジローラモさんは、南イタリアのカンパニア州にある、小さな町ヴィッラノーヴァ・デル・バッティスタで、1962年9月6日に誕生。

あまり聞き慣れない地名ですが、緑豊かで素朴な雰囲気のある地域らしいです。

まさに南イタリアらしいあったかさに包まれた環境だったのではないでしょうか。

ジローラモさんの父親は、建設会社を経営していたそうで、公共事業をバンバン受注するようなやり手だったとか。

ただ、その分かなりの迫力があったようで、家の中でもつい声が大きくなるようなタイプだったみたいです。

「家でも大声で怒鳴ってたから、子どもの頃は怖かった」と語っていたのが印象的でした。

14歳のときにその父親が他界し、それを機に生活がガラリと変わります。

11歳上のお兄さんが会社を継ぎ、自分も建設業を手伝うようになったとのこと。

その頃からすでに「家族を支える」という責任感を持っていたのかもしれません。

 

サッカー選手の夢から一転、建築を学ぶ日々

実は、パンツェッタ・ジローラモさん子どもの頃の夢はプロサッカー選手。

地元の名門クラブ、SSCナポリのアカデミーに所属していたそうです。

これって本当にすごいことで、現地では「夢の切符」みたいなもの。

16歳まで在籍していたというから、相当な実力だったのではないでしょうか。

ただ、ケガによってサッカー人生に終止符が打たれてしまいます。

サッカーで生きていくという道が絶たれた後、パンツェッタ・ジローラモさんが選んだのは建築の道。

ナポリ建築大学に進学し、歴史的建造物の修復を学び始めます。

実際に学生時代には、地震で被災した村の復興作業にも携わったとのこと。

そのあたりの話を聞いたとき、「あのジローラモさんが、瓦礫の中で汗を流してたのか」とちょっと胸が熱くなりました。

まさに真逆の一面ですよね。

でも、実はパンツェッタ・ジローラモさん、大学は途中で中退しています。

そして1988年、人生の大きな転機が訪れます。

それが「日本への移住」でした。

 

日本語ゼロから経済学部に入学

来日当初はまったく日本語が話せなかったパンツェッタ・ジローラモさん。

しかも、26歳でゼロからのスタート。

これは本当に尊敬しかないです。

自分も昔ちょっと外国語に挑戦したことがありますが、成人してから新しい言語をマスターするのって、想像以上にしんどいんですよね。

それをパンツェッタ・ジローラモさんは、しっかり時間をかけて習得していきました。

最初は日本語学校に2年間通い、その後はなんと明海大学の経済学部に入学。

イタリアで建築を学んでいた人が、日本で経済学って…とちょっと不思議に感じるかもしれませんが、本人いわく「経済のことはあんまり学ばなかったけど、日本の社会性を学んだ」とのこと。

学び方って、本当に人それぞれですね。

この時期に、谷澤貴久子さんという方と出会って結婚。

まさに人生の再スタートを切った時期だったんじゃないかなと思います。

 

テレビで大ブレイク、LEONのモデルへ

ある日、スカウトを受けてテレビ出演が決定。

最初に出たのは、NHKの『イタリア語講座』でした。

「いかにもイタリア人」なジェスチャーや言い回し、明るくてちょっとチャラい感じが日本人にウケたんでしょうね。

そこから一気に人気が爆発。

この番組をちょこっと見たことがありますが、教科書的じゃない生きたイタリア語と、パンツェッタ・ジローラモさん独特のエンタメ感がすごく良かったのを覚えてます。

あれを見てイタリアに行ってみたくなった人、きっと多いんじゃないでしょうか。

その後、ファッション誌『LEON』で「ちょいワルオヤジ」のモデルとして大抜擢。

あの雑誌の象徴とも言える存在になりましたよね。

実はこの辺りから、パンツェッタ・ジローラモさんの出演料もどんどん上がっていったようです。

ホリプロの戦略も見事で、女性誌でのモデル仕事やインタビューなど、クールなイメージをしっかり打ち出していったことで、さらに知名度がアップ。

中でも『笑っていいとも!』の「ちょい不良オヤジコンテスト」への出演は、大きな転機だったとされています。

 

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パンツェッタ・ジローラモの年収は?

テレビ、雑誌、講演、CM出演など、多方面で活躍しているジローラモさん。

では、実際にどのくらい稼いでいるのかが気になりますよね。

もちろん、正確な数字は公表されていませんが、メディア関係者によると、全盛期は年収5000万円〜7000万円ほどあったと言われています。

最近は露出が減ったとはいえ、根強い人気と企業案件があるため、今でも2000万円以上はあるのでは?と推測されています。

それを裏付けるのが、愛車のラインナップ。マセラティにアルファロメオ、さらにランドローバーと、高級車好きとしても知られています。

イタリア時代にはホンダ・シビックに憧れていたなんて話もあって、車への愛は筋金入りです。

バイクも好きで、ホンダ・ゴールドウイングを所有していたこともあるとか。

お金の使い方にもその人らしさがにじみ出ますよね。

 

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まとめ

ジローラモさんを見ていると、「人生って何歳からでも面白くなるんだな」と感じます。

サッカーの夢が破れても、建築の道を選び、さらに国をまたいで新たな挑戦をしていった。

そのバイタリティには脱帽です。

あと、個人的にすごく共感したのは「もっと父と話しておけばよかった」と語っていたところ。

誰しも、後になって気づくことってありますよね。

ああいう心の声をストレートに話せるところも、パンツェッタ・ジローラモさんの魅力だと思います。

ちょっとやんちゃで、でもどこか寂しげな一面もある。

そんなジローラモさんのこれからに、ますます注目していきたいです。

もし街角でパンツェッタ・ジローラモさんを見かけたら、「Ciao!」って声かけてみたくなりますよね。

いや、実際言えるかは別として(笑)。

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